大阪梅田の駅のコンコースで、マウリッツハイス博物館展の大きな広告がありました。
フェルメールの「真珠の耳飾りの少女」です。
「なぜ世界は、この少女に心を奪われるのか」とあります。
この絵が人を引き付ける一番の理由は、こちらを見ているのに、何を考えているのか分からないところだと思います。
振り返った瞬間の少女。少し開いた唇。こちらに向けられた目。
でも、微笑んでいるのか、驚いているのか、話しかけようとしているのか、何かを言い残して去ろうとしているのか、決めきれません。
その「分からなさ」が、見る人の心を絵の中に引き込みます。
もう一つ大きいのは、余計なものがほとんど描かれていないことです。背景は暗く、家具も窓も物語を示す道具もありません。だから見る人は、少女の顔、目、唇、青と黄色のターバン、そして真珠だけに集中します。物語を描き込まないことで、逆に見る側が物語を作りたくなるのです。
フェルメールらしい光の扱いも大きな魅力です。マウリッツハイスは、柔らかな光が少女の顔に当たり、目と真珠を輝かせている点を紹介しています。 真珠は細密に描き込まれているというより、光の点と影で「そこにある」と感じさせる。これは本当にすごい技術です。
そして、この絵には名前がない。誰なのか、どこにいるのか、なぜこちらを向いたのかも分からない。だからこそ、時代や国を超えて、誰もが自分なりに受け取れます。
言い換えると、この絵の魅力は、「完成されているのに、説明しきらないこと」にあるのだと思います。
美しさ、静けさ、謎、親密さ。
そのすべてが、ほんの一瞬の振り返りの中に閉じ込められている。
だから何度見ても、「もう少し見ていたい」と思わせるのではないでしょうか。







